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抗がん剤投与によって人間の正常な細胞、組織も同時に激しく損傷を受けて、脱毛その他さまざまな副作用を惹起するということになる。
最たる副作用は体力、免疫力の低下(白血球減少、血小板の減少による)に基づく直接死で、実際これまでにおびただしい屍が積み重ねられたと推定される。
がんにかかわる治療では「死亡するのが当たり前」とみなされてきたためか、そういう死因の記載や公式記録はこれまでのところ存在せず、抗がん剤の副作用による死亡は正確には不明とされている。
さらに薬剤一般の副作用として肝臓、腎臓への有害作用は常に考慮されなければならないが、抗がん剤の場合は一気に腎不全にまで進み人工透析を要するような例も報告されている。
また、死や重篤な副作用に至らないまでも、日常生活の上で何も手につかないほどの圧倒的な倦怠感、近未来のがん治療在宅化学療法さて最近、再発大腸がん、乳がんに対して欧米の臨床試験に基づいた標準的治療として、外来化学療法が急速に普及して、各地の外来治療センターは患者で満杯と伝えられる。
そのような事実に現状の在宅医療における高カロリー輸液の習熟度などを加味すれば、患者の自宅での化学療法が遠からず視野に入ってくる可能性も大ではなかろうか。
すでに在宅化学療法ともいえるような持続肝動脈療法は日常的に実施されていて、大腸がんの肝転移に対して転移巣縮小、肝切除に持ち込めるケースも増えて、五生率約二○%と画期的な成果が強調されている。
一般的にがん末期では、在宅を拠点とする療法が好ましい形態として称揚されるが、その場疲労感もほぼ必発であり、数か月の延命を果たすためそれに見合う数か月の苦しみという代償を求められる化学療法にどれほどの本質的な意味があるのかとする批判も根強い。
結局、現在のがん治療は(手術などもそうであるように)生存期間とQOL(生命の質、次章参照)の積で評価されるのが適正と考えられる。
当然、抗がん剤が新薬として許可される際、副作用によって日常生活がどの程度に活動的、あるいは非活動的になるかなど、生存期間と同時にQOLが評価の規準、指標とみなされるようになっている。
合、文字通りケアのことが中心で、もはや原因療法の介在しない消極的な印象をぬぐえない。
いうまでもないことだが、がん患者(人間)にとって、座して死を待つ気分ほど辛いものはない。
奇跡を期待して、たとえかすかな希望でもあればそれに賭けたいというのはあまりにも当然の心理といえる。
患者にとってなんらかの治療が継続されて、医療のフォローとともにあるという希望を持って過ごす日々はできる限り保証されるべきである。
医師は何かを期待されている、何かせずにはいられないという姿勢を常に堅持すべきで、もはや手の打ちようがない、何もできないという発言は極力、避けなければならない。
そういう意味で現時点の抗がん剤療法には、心のケアとしての意味も大きいのではなかろうか。
最初は延命のことばかりを視野に化学療法を開始するとしても、そのプロセスを通じて化学療法の限界性とともに、残された人生を悔いのないようにするという目的に目覚めてゆくことは可能であろう。
とするなら、いまだ再起を断念できない、ともすればがん難民化しかねない患者群の受け皿として在宅化学療法を中軸に位置づけることはできないだろうか。
副作用が格段に改善された、それでいてコストの点で誰しも利用しうる水準の抗がん剤が実現した上で、化学療法に習熟した在宅医、薬剤師、看護師の養成等々の整備が進められれば、延命とQOLのバランスのとれた画期的な在宅療法創出の可能性も否定できない。
新たな抗がん剤の登場によって入院から本さて、私自身、前立腺がんの患者として、診断から手術に至るさまざまな体験を迫られた。
なによりも術後日浅くして主治医から「再発の可能性が大」と告げられて、あらためていったいどんな手抜かりがあって、早期発見の時期を失したのかと反省を新たにせざるをえなくなった。
まずなんといっても年来、定期的に人間ドックのような系統的な検診を受けていないという健康管理上の落ち度が悔やまれた。
またPSA値がグレイゾーンにある時期にいちはやく針生検に踏み切るべきだったが、経過観察の名のもと一歩踏み出すのをためらっていた。
加えて前立腺がんを疑ってから手術に至るまで、私は都合七か月もの時間を費やしている。
正直に言って、「選択と決断」の期間と位置づけるあまり、ついつい考え込んで受診を一日延ばしにしたような面がないとは言えなかった。
三がんにかかわる私の中間総括格的な在宅(外来)へと治療内容の転換が期待されているが、そうしたがん医療のあるべき姿をあれこれ思い描いてみると、あらためて現在のがん医療の限界性が浮かび上がってくるようである。
今後、病状が進んで本当に人生を惜しむような時間帯になってから、一連の対応の緩慢さについて深く悔やむことになるのかも知れない。
ただ目下のところ不思議に自分の拙さを責める気持ちはほとんど生まれていない。
これまで私は、がんの早期発見の機会を逸して手遅れになった患者に相対する際、「仕事が忙しくて時間がなかった」「自覚症状がないので必要性を感じなかった」「ついついめんどうくさくて億劫だった」等々を耳にしても、それら一つ一つを責める気になれなかった。
むしろ患者側の言い分にもそれなりの理由があり一概に怠慢とはいえないと、「医師としての甘さ」にとらわれがちであった。
さらに、ずっと以前からがん検診の功罪(利益、不利益)に多少、拘泥していていまだ検診至上主義者にはなりきれていない。
だから、紺屋の白袴といわれても弁明の仕様もない診断の遅れについても、負け犬の遠吠えのようだが、自分の健康観、ひいていえば死生観ともいうべき日常の意識が決定的に足かせになったと、目下、自らを慰めている最中である。
一般に胃、大腸、乳がんなどは形態的に発見が可能となってから、症状が発現するまでに長い期間があるので、それまでに早期発見することの意義がしきりと強調される。
さらに前立腺がんの場合、はるかに進行が遅く症状が出るまでにかなり時間がかかるといわれる。
となると、七十代の前立腺がんでは長く放置していても寿命を超えてしまうことが多い。
したがって鋭敏なPSAという早期発見の手段により小さながんが発見されたとしても、逆に必要のない過剰治療を受けるような場合も多々生まれてきているとされる。
前立腺がんをめぐって国際的に最も問題となっているのは、こうした過剰診療のケースだともいわれている。
いうまでもなくがん治療の意義は、その病変による死の可能性を年齢相応の別の死因に求めることである。
その点で私の場合、当該のがん病変を除去したとしても、近い将来、予測されるがん死亡年齢まで別の年齢相応の疾病、つまり心疾患、脳血管障害などで死なないという条件が求められる。
その可能性は確かだろうか。
今回のがんをクリアしたとしても、また形を変えて襲ってくる多重がんの可能性も否定できない。
さらに一応がんを完治できたとしても、治療の結果抱え込んだ臓器障害が果たしてどんなハンディをもたらすのかと考え始めると、ことは単にいのちの長さだけが問題なのではなく、「自分もそういう年齢に達したのだ。
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